業務中のチャットの違法性と労働時間該当性
※こちらの情報は2017年11月時点のものです
今回は、就業時間中の「チャット」の許容範囲と労働時間該当性について問題とされた裁判の事例を取り上げます。
業務を逸脱したチャット
チャットとは「従業員が社内のコンピューターネットワークの回線を利用したリアルタイムのメッセージのやりとり」で、社内で業務連絡のために利用することが通常です。問題になったケースは、会社で従業員が、業務時間中に、業務に関連した形でチャットをしたのですが、その態様や内容が、
- チャットの回数が異常に多く、私的なチャットも多い
- 他社員に対し、就業規則違反行為を唆した
- 会社の悪口などで会社の信用を毀損した
- 他社員の誹謗中傷に及んだ
- 女性社員に対し性的な誹謗中傷に及んだ
等というものです。
チャットに関する法的なルール
チャットに関する一般的な法的ルールは「労働者は基本的な義務として使用者の指揮命令に服しつつ職務を誠実に遂行する義務(職務専念義務)を負い、労働時間中は職務に専念し他の私的活動を差し控える義務を負っている。」、また、「チャットの使用が業務上の行為であっても、会社の信用、利益を害したり、職場の秩序に違反してはならない」ということです。
しかし、他方、職場での私語や喫煙所での喫煙などといった私的行為が社会通念上相当な範囲で許容されていることからすると、「私的なチャット」であっても、チャットの時間、頻度、上司や同僚の利用状況、事前の注意指導、他の事例に対する使用者の対応(処分状況)、当該従業員に対する処分歴の有無等に照らして、社会通念上相当な範囲内といえるものについては職務専念義務には違反しないということになります。
従って、業務時間中に私的なチャットを行った場合は、この職務専念義務に違反することになります。
また、業務上のチャットであってもその内容が不適切である場合は、そのチャットの内容が従業員の言動としては職務違反行為(就業規則違反行為)として懲戒処分の対象になります。
問題になった従業員のチャット
本件で問題になったチャットは「回数が非常に多い」というケースですが、業務上の必要があり、内容が相当であれば、回数が多いというだけでは問題にはできないでしょう。但し、内容に問題がなくても、職場や業務上のコミュニケーションとして、口頭や文書によるべきというように、チャットという方法が適切でない場合に、過剰にチャットによることは、業務上の指導の対象になります。
本件事例で問題になったチャットは「私的利用にとどまらず」、その内容は「顧客情報の流出の慫慂」、「会社の信用毀損」、「他社員の誹謗中傷」、「セクハラ」に当たるものであり、内容が不適切であることから、就業規則の服務規律違反に当たるものとされたもので、その程度によっては懲戒処分の対象となります。
違法なチャットの労働時間性
次の問題点として、この従業員は時間外労働をしたことにつき時間外手当を請求したのに対し、会社は違法なチャット行為を長時間したことは実作業に従事していないから、その行為に相当する時間を労働時間としては認めないとし、この時間分を差し引くと時間外労働は必要がなかったのだから時間外手当の支払い義務はないと主張しました。
これに対し、裁判所は「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を言い、実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が当該時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」とし、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保証されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる、と言い、「本件チャットを行っていた時間であっても、労働契約上の役務の提供が義務付けられているなど労働からの解放が保証されていない場合には労基法上の労働時間に当たる」としました。
従って、本件では、「チャットを行っている状態」が、「業務中の行為と渾然一体として行われ、純然たる私的行為としては分離できない状態で行われたこと、また、使用者も外形的に時間外労働に従事していること自体使用者も異議を述べていないことからも、完全な職場離脱中の行為」とはいえないとして、「使用者の指揮命令下から離脱しているということはできない」として、労働時間から控除はできないと判断されました。
このような業務とは認められない行為を業務時間中に行うことに対する使用者の対策は、これを早期に発見して止めさせるという、使用者の注意指導の問題になります。