相続法の改正 その3

著者:【弁護士】吉川 法生

※こちらの情報は2019年7月時点のものです

前回、前々回に続き、相続法改正の説明をいたします。今回は、預貯金の扱い、対抗問題、相続開始後の遺産の処分です。

(5)預貯金債権について、一定の範囲内で単独行使を認め、仮分割仮処分の要件を緩和したこと

従前、遺産のうちの預貯金につきましては、相続開始により当然に各相続人に相続分に応じて帰属し、各相続人が単独で権利行使ができるとされていました。
ところが、平成28年の最高裁判決によって、預貯金は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることなく遺産分割の対象となると判示されました。このため、遺産分割が成立するまでは、預貯金の払戻しができないとなったわけです。
しかし、葬儀費用や被相続人の債務の支払い、相続人の生活費等一切払戻しができないとすると、相続人にとっても困窮しかねない事態が生じかねません。

そこで、今回の改正では、裁判所の判断を経ることなく、相続開始時の預貯金債権の3分の1に当該相続人の法定相続分を乗じた額で150万円を超えない金額については、各相続人が単独行使できると規定されました。

なお、これにより払戻された預貯金は、その相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。

上記の上限額を超える払戻しを受ける必要がある場合
  1. 本案である遺産分割の審判又は調停が係属していること
  2. 仮払いの必要があると裁判所が判断したこと
  3. 仮処分の形態として仮分割の方法によること
  4. 他の共同相続人の利益を害しないこと

上記の要件が満たされれば、家庭裁判所の決定により払戻しが可能となりました。

(6)相続させる旨の遺言による権利承継を対抗問題としたこと

 遺言により相続分の指定や遺産分割方法の指定により不動産、動産、債権を取得した場合、従前は登記などの対抗要件なくしてその権利を第三者に主張できるとされていました。

しかし、今回の改正により、法定相続分を超える部分については、対抗要件(不動産については登記、動産については引渡、債権については通知等)を備えなければ、第三者に主張できないと改正されました。これは、遺言の内容を知り得ない相続債権者の利益を考慮しての改正です。

(7)相続開始後に処分された遺産について、遺産分割の対象とする道を開いたこと

従前、家庭裁判所の実務では、遺産分割調停などの対象となる遺産は、相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時に存在する財産とされていますので、相続開始後に処分された財産は、相続人全員の合意がない限り、遺産分割の対象から除外されます。

そのため、相続人は、別途、法定相続分又は指定相続分に基づき、処分をした者に対して、不法行為または不当利得に基づく請求をする必要がありますが、必ずしもこの請求が可能とは限らず、結果として処分した者が利得するということが指摘されていました。

他方、前回(5)で述べましたとおり、改正法では、共同相続人は、遺産分割前に遺産に属する預貯金債権について、一定の範囲で単独で権利行使することができ、権利行使をした当該預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割により取得したものとみなすとされることになりました。

このこととの関連で、預貯金債権の払戻し等、遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合についても、公平の理念から、遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことはできるとされました。

その要件は、相続開始時に被相続人の遺産に属する財産が遺産の分割前に処分されたこと、及び共同相続人全員の同意があることです。なお、共同相続人の一人又は数人が財産を処分した場合は、処分した者の同意を得ることは不要です。