複数事業労働者への労災保険給付

著者:【社会保険労務士】西本 哲司

※こちらの情報は2021年3月時点のものです

労働者災害補償保険法、通称「労災保険法」が改正され、2020年9月1日から施行されました。今回の改正の対象者は「複数事業労働者」です。今までは複数の会社で働いている労働者の方の労災保険は災害が発生した勤務先の賃金額のみを基礎に保険給付等を決定していたり、それぞれの勤務先毎の負荷(労働時間やストレス等)を個別に評価して労災認定していたことが課題でした。今回の改正によりすべての勤務先の賃金額を合算した額を基礎に保険給付等を決定するようになり、また、業務上の負荷についても複数勤務先の業務を総合的に評価するようになりました。これは多様な働き方をする方やパート労働者等で複数就業している方が増えている状況を踏まえ、「複数事業労働者」の方が安心して働くことができるような観点から改正されました。

複数事業労働者とは

複数の会社で労働契約を結んで働いている労働者のことで、【被災した(業務や通勤が原因でけがや病気などになったり死亡した)時点で、事業主が同一でない複数の事業場と労働契約関係にある労働者の方】が対象となり、賃金額を合算して保険給付を算定します。

また、傷病等の負荷(労働時間、ストレス等)についても、複数の事業の業務を要因とする傷病等(負傷、疾病、障害又は死亡)について総合的に評価して判断を行います。新しく支給事由となるこの災害を「複数業務要因災害」といいます。なお、対象となる傷病等は、脳・心臓疾患や精神障害などです。

そして、「複数事業労働者に類する者」として【被災した時点で複数の会社について労働契約関係にない場合であっても、その『原因や要因』となる事由が発生した時点で、複数の会社と労働契約関係であった場合】も改正制度の対象となります。
他には、特別加入をされている方で

  • 1つの会社と労働契約関係にあり、他の就業について特別加入している方
  • 複数の就業について特別加入をしている方

も複数事業労働者として改正の対象となります。

関係する給付は

保険給付額の算定方法の変更がされるのは、給付基礎日額を使用して保険給付額を決定する給付(休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付 等)です。
また、「複数業務要因災害」として、複数事業労働者休業給付、複数事業労働者療養給付、複数事業労働者障害給付 等が新設されます。

最後に

注意点として3つほどあげておきますが、今後も改正等があると思われますので労災発生時には確認をしながら届出を行ってください。

  • 今回の法改正により、労災保険給付の申請様式が変更となりました。「複数事業労働者」でない方の労災についても新しい様式を使いますのでご注意ください。複数の事業場で就業している場合は、各事業場を管轄する労働基準監督署のいずれかに提出してください。
  • 複数事業労働者でない方(1つの事業場でしか働いていない方)については、これまで同様に、その働いている事業場の賃金額を基礎として給付基礎日額が決定されます。
  • 労災保険には、事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で労災保険率または労災保険料額を増額させるメリット制という制度がありますが、今回の制度改正については、メリット制には影響しません。