自筆証書遺言の保管制度

著者:【谷野会計事務所】谷野 芳枝

※こちらの情報は2021年7月時点のものです

「終活」という言葉をよく聞くようになりました。終活とは、「終末活動」の略語で、人生の終末を迎える前に、延命治療の要否や介護方針、葬儀の程度、相続などについて自分の希望をまとめ、来るべき終末期や死後への準備を整えることを言います。エンディングノートにまとめる、後見制度を利用する、財産を信託するなど、準備は人さまざまですが、財産が少ないから大丈夫と考えて、死後の準備を何もしていない人も多いのではないでしょうか。ところが相続で争いになるケースは、実に30%以上の事件が遺産額1,000万円以下であり、5,000万円以下の事件が4分の3を占めると言われています。
死後に備える終活は資産家だけに求められる問題ではないようです。

終活の中の大事な項目に遺言があります。遺言とは、自分が生涯をかけて築き、かつ守ってきた大切な財産を、死後に最も有効・有意義に活用してもらうための意思表示です。遺言がないために、相続を巡って仲の良かった兄弟が争いを起こすなど、悲しい出来事が起きる可能性もあります。
遺言の方式としては、緊急時を除くと、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言という3つの方式が定められていますが、近年、自筆証書遺言について利便性を高める法整備が行われました。それが、法務局における自筆証書遺言の保管制度です。

今まで

自筆証書による遺言書は自宅で保管されることが多いため、いろいろなリスクがありました。

  • 遺言書を紛失するおそれ。
  • 一部の相続人により遺言書の廃棄、隠匿、改ざんが行われ、これらの問題により相続をめぐる紛争が生じるおそれ。
  • 相続開始後、遺言書の保管者が家庭裁判所に遺言書の検認を請求し、相続人全員に検認する期日を通知したうえで、裁判所で開封し、検認をすませる必要性。

新設された遺言書の保管制度

指定された法務局(遺言書保管所)で、遺言書を保管する制度が令和2年に新設されました。法務局で保管することにより下記の利点が生まれました。

  • 全国一律のサービスを受けることができます。
  • プライバシーを確保でき、また、遺言者の最終意思の実現に向けて、隠匿、改ざんなどによる不要な争いを回避することができます。
  • 相続開始後に交付が受けられる遺言書情報証明書により、相続登記や銀行手続など相続手続の円滑化が図れます。
  • 家庭裁判所に検認の請求をする必要がありません。

ただし、相続人や受遺者など関係者のうち一人以上の者が、法務局で遺言書が保管されていることを知っていなければ、遺言書が日の目を見ることはありません。このため、遺言者が遺言書の保管を申請した後、法務局から交付を受ける保管証を利用するなどして、相続人らに遺言書の保管の事実を知らせておいたり、死後にそのことが分かるようにしておく必要があります。

費用

遺言書の保管の申請は一件につき、3,900円。

手続きの流れ

①遺言書の作成

この制度では、自筆証書による遺言書のみ保管が可能です。自筆証書遺言の作成方式に関するルールは、今までと同じです。自筆証書遺言を有効に作成するには、本文全文を自筆で書く(ただし、相続財産の目録はパソコンで作成可能となりましたが、目録のすべてのページに署名、押印しておくことが必要です)、必ず日付を入れる、署名し、押印をするなどの注意が必要です。この点、保管制度を利用すると、これらの方式が守られているかどうか、法務局でチェックしてくれるので安心です。

②保管を申請する法務局の選択

保管を申請する法務局は、遺言者の住所地、本籍地又は所有する不動産の所在地を管轄する法務局となります。全国どこの法務局でも遺言書の保管をしてくれるわけではありませんので、保管申請が可能かどうか事前に調べておきましょう

③必要書類の準備

自筆証書遺言の原本(無封で綴じてないもの)、保管申請書、住民票(本籍の記載があって3か月以内に発行されたもの)、本人確認書類(免許証、個人番号カードなど写真付き公的身分証)、手数料(3,900円の収入印紙)

④申請の予約

申請手続は原則として即日に完了することとなっており、必ず予約が必要です。予約は電話だけでなく、法務局の専用サイトから行うこともできます。予約可能日は30日先までです。

⑤予約した日に法務局へ行く

必ず遺言者本人が行ってください。代理申請はできません。

⑥遺言書の保管証の交付

申請後

①閲覧

保管された遺言書原本は、相続開始まで遺言者しか閲覧出来ません。閲覧は法務局内だけとなるので、通うのが難しい場合は、申請前にコピーをとるようにしましょう。

②撤回

預けてある遺言書の保管を撤回したい場合は、再び申請した法務局(保管所)で返還の手続を行います。

③届出

遺言書の保管中に遺言者の住所・氏名・本籍に変更が生じた場合は、届出が必要です。届出は、どこの法務局でも可能で、郵送もできます。

終活は、死ぬ準備をすることと後ろ向きに考えてするものではなく、終活後の人生を楽しく生きるためにするものです。遺言書を作成する他に、断捨離、アルバム整理などの生前整理、家族への思いや葬儀、お墓のことなどを書いたエンディングノートの作成などがありますが、準備することを通じて、今までの人生のいろいろなことが思い返されて、充実した時間になるのではないでしょうか。