年俸1700万円の医師に対しても時問外割増賃金は必要か

著者:【弁護士】高下 謹壱

※こちらの情報は2018年7月時点のものです

 今回のケースは、解雇された年俸1700万円の医師が、地位確認と勤務していた間の時間外割増賃金、深夜割増賃金の支払いを求めた事件です。

事件の内容

 医療法人に雇用された医師が解雇され、医師は、解雇無効と勤務をしていた間の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金の支払いを求めて提訴しました。第1審、控訴審とも解雇は有効としましたが、本稿で取り上げるのは時間外手当の問題点です。

争点

 労働契約上の合意で、割増賃金を年俸に含めて支払ったと認められるか否か、また、それが年俸1700万円の高給の勤務医のケースでどうか、という問題点です。

 本件では医師と医療法人の労働契約では、月給として本給(月額86万円)と諸手当(役付手当、職務手当及び調整手当の月額合計34万1000円)合計120万1000円を毎月支払い、ほかに本給3か月分の賞与(年2回)、合計年俸1700万円と定め、時間外規程では以下の定めとなっていました。

  1. 時間外手当の対象となる業務は、原則として病院収入に直接貢献する業務または必要不可欠な緊急業務に限る
  2. 医師の時間外勤務に対する給与は、緊急業務における実働時間を対象として、管理責任者の認定によって支給する
  3. 時間外手当の対象となる時間外勤務の対象時間は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間及び休日に発生した緊急業務に要した時間とする
  4. 通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならない
  5. 当直・日直の医師に対し、別に定める当直・日直手当を支給する

医師の時間外手当の請求の理由

 本件の医療法人は医師に対し、この規程に基づいて、合計57万5300円を支払っていましたが、この金額は医師の1か月あたりの平均所定労働時間及び本給の月額86万円を計算の基礎として算出されたもので、深夜労働を理由とする割増はされていましたが、時間外労働を理由とする割増はされていませんでした。そこで、医師は時間外労働と深夜労働の割増賃金として合計438万1892円の支払いを求めました。

1審及び控訴審の判断

 第1審では時間外労働が月60時間までは年俸に含まれているとし、これを超えた場合の割増賃金のみ、年俸に含まれて支払われていたとは認められず、不足分として割増賃金56万3380円の支払いを命じました。
 その理由として、当該医師の業務の特質に照らして本件時間外規程には合理性があり、Xが労務の提供について自らの裁量で律することができたことやその給与額が相当高額であったことなどから労働者としての保護に欠けるところがなく、医師の月額給与のうち割増賃金に当たる部分を判別することができないからといって不都合はないとしました。

 その次の控訴審では、当事者間の労働契約において、医師の時間外勤務規程の定めにより支払われていた金額の他は、原則として基本給に時間外割増手当が含まれていることを理由に、労働契約上基本給に含まれていないと認められた深夜勤務手当と時聞外割増手当の一部の支払のみを認めました。

 このように1審、2審とも時間外割増賃金は基本的には年俸1700万円に含まれていたとしました。

最高裁判所の判決

 原審判決は上告され、最高裁は、本件では通常の賃金と時間外割増賃金などの部分を判別することができないとして、時間外割増賃金などが支払われたということはできないと示し、原判決を取り消し、差し戻しになりました。

 判決は、労働基準法37条の趣旨として、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金を含める方法自体が直ちに同条に反するものではないとしました。

 しかし、「割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であり、割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負う。」として、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時問外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がなされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされておらず、「本件合意によっては、上告人に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり、上告人に支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。」として、年俸1700万円の高給の支払いであっても上告人の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできないと認定しました。

判決から考える実務

 高額年俸であっても雇用契約上の労働者である以上、時間外の割増賃金が合意した年俸の中にあらかじめ含まれていると認められるためには、通常の労働に対する賃金と明確に区分されていること、その金額によって支払い済みとなる時間外労働時間数等が明らかになることが必要だということです。
 固定残業代の利用が増加していますが、合意の明確性が重要であることが確認されたといえます。