定額(固定)残業代制度・定額(固定)残業手当

著者:【社会保険労務士】谷本 貴之

※こちらの情報は2019年1月時点のものです

 予め一定時間分の残業代を固定額で支払っておく給与の支給方法を言い、また固定残業代部分を基本給に組み込むものを固定残業代制度、固定残業部分を手当として別途支払うことを固定残業手当と言い、固定残業時間内に残業が収まっていれば残業代計算が容易になる等労務管理が簡素化できる理由から多くの会社で導入されてきていた制度であり、うまく活用すれば労使共にメリットのある制度ですが、制度を悪用する悪質な企業等(固定残業時間を越えてもそれ以上賃金を支払わない等)により未払い残業代請求事件が後を絶たず、裁判では定額残業代制を有効と認めケースはほとんどありませんでした。

 こういった現状に伴い、2017年7月厚生労働省より通達が出されることとなり今後はより適切な制度運用が求められることとなりました。

具体的には

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 基本賃金の金額が労働者に明示されていること前提に例えば時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金の部分について、相当する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしているか確認すること。

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 割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならない。
 そのため使用者が【労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日基発0120第3号)】を遵守し、労働時間を適正に把握しているか確認すること。等の通達が出されました。

この通達のもととなった判例は2017年7月7日(最高裁判決・年俸1700万の医師の未払い残業代請求事件)でこの判例の中では固定残業代制度が有効となるには

固定残業代、固定残業手当が通常の賃金部分と明確に区別されていて、労働者にその内容を明示しかつその計算方法等を労働者が理解できている必要があるとされました。
 これにより報酬(給与)の多寡に関わらず上記の運用ができていなければ、ほぼ例外なく固定残業代は認められないとの立場が明らかとなりました。

 また直近の最高裁判例2018年7月19日では、固定残業代が有効と認められる要件に違いがあったものの、契約書への固定残業代の記載、使用者の説明が不十分な場合(従業員が固定残業代につき理解できていないと労働者自身が残業代請求できない)、固定残業時間と設定された時間と、実際の時間外労働時間が、近接していない場合は制度の要件を欠き、認められないとされました。

 またこのような流れの中、厚生労働省では、固定残業代制等を採用する場合には募集要項、求人票などにも明示すべく新たな指針を公表しています。こちらの指針では裁判判例とは異なり、いわゆる基本給に定額残業代等を組み込む形(定額残業代制)認めておらず、基本給と固定残業代を分けて記載し手当が何時間分となるかを明示するよう指導しています。
 労働行政と裁判の立ち位置は異なりますが、今後、厚生労働省の指針が広く周知、認識されるようになれば、組み込み型の固定残業代制は裁判でも認められなくなる可能性は大いにあります。

 固定残業代等制度が今後、有効と判断される可能性が高い要件としては以下の運用が挙げられます。

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 定額残業代は基本給等と別個の手当とし、その全額を残業代とするほうが有効と認められやすい。

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 深夜勤務、休日勤務が有る場合、定額残業代は通常残業代のみを補填するとし、休日残業代、深夜残業代は別途支給する運用が有効と認められやすい。

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 定額残業代でカバーされる時間数の特定と定額残業代を超える残業が発生した場合に追加差額支給を行う事とし、差額支給を行うためには従業員の労働時間の管理が必要となるので定額残業代制を導入していても時間管理も当然行うものとする。

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 就業規則、賃金規定、雇用契約書等への明記

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 給与明細への記載(基本給と定額残業代を分けて記載し差額追加支給がある場合は追加残業代等労働者にも分かるよう明示)

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 定額残業代の設定時間、金額等が各業界内で適正な範囲内であること。

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 時間外協定(36協定)との関係では原則、月残業時間上限が45時間、年間の時間外労働の上限が360時であることから固定残業代時間も30時間から45時間までが望ましい。

 固定残業代制は裁量労働制、フレックスタイム制等と相性がよく、正しく運用すれば業務効率化、従業員モチベーションアップ等のメリットがある一方で、正しく運用されていない場合は未払い残業代請求等の大きなリスクを抱えており、注意が必要です。

補 足
民法改正に伴う未払い賃金の消滅時効2年から5年への改正

 早ければ2019年内に法案提出、2020年に改正施行となる見込みです。そうなれば労務管理が適正に行われていないため、会社で未払い残業代があるような場合に会社が従業員から請求された場合、時効年数が延長されることとなると、単純に今までの2.5倍の未払い残業代を請求をされることとなり改正されれば、未払い残業代請求のリスクはさらに大きなものとなります。

 今後の流れとして固定残業代制等の運用に関する指針等も含まれる内容のものでもありますが、2019年4月1日に施行される【働き方改革関連法】(一部施行除く)は今後の企業の労務管理に大きな影響を与える法改正です。

 そもそも働き方改革とは、少子高齢化と共に想定以上のスピードで労働力人口が減少する中、国全体の生産力、国力の維持を制度改革および労働生産性の向上により歯止めをかけるという政府の政策で、具体的には長時間労働からの脱却、(長時間労働が原因の過労死、自殺・及び女性の出産・育児年齢と長時間労働を強いられる時期が重なり、非正規の道を選ぶ女性も多く、出生率に大きく影響があると考えられている。
 非正規社員と正規社員格差是正、高齢者の雇用を促進により労働力人口を確保する。よって生産性を向上させ出生率を上昇させ、働き手を増やすことにより労働力不足を解消しようというもので、以前から政府としては推奨をしてきたものではありますが、今回、国はそれを法制度化しました。法制度化したということは、政府が本格的に働き方改革に乗り出したと言え大きな転換期になり、改めて労務管理の見直しを行う必要性の高い時期に来ていると言えます。

今後企業として求められること

 従来の考え方を見直し現状に即した経営方針を立て業務改善に取り組んで行くことが不可欠となりました。繰り返しになりますが、固定残業代制等をサービス残業代のトラブル防止措置として安易に導入、運用することには大きなリスクがあります。
 また正しく運用するにしても、会社の残業実態、残業要因を随時確認し改善する努力を行い、労使共に働きやすい関係づくり、労働環境、制度を構築し、整えて行くことも平行して行うことが適正な労務管理と言えるのではないかと思います。

 働き方改革に伴う法改正により、就業規則・育児介護規定・36協定等の作成・変更、固定残業代制度設計、副業に関する事等、働き方改革に関する法改正の内容は多岐に渡ります。